「開演前は、もう始まっている」 福岡美佳

1月の「夏の夜空へ 麻布公演」と
2月の「演劇と音楽のパフォーマンスショー」を終え、
次の舞台の顔合わせは今月末で、
今はぽっかりと時間が空いている時期です。
スケジュールだけを見ると「何もない時間」なのですが、
気持ちはどこか落ち着きません。
まだ台本もなく役も決まっていないのに、
「次はどんな舞台になるんだろう」と絶えず考えてしまい、
日常生活のふとした瞬間に、
「もしこんな役だったら」と想像が始まります。
まだ始まっていないのに、

心だけが先に動き出しているような、不思議な感覚です。
そんな時間の中で、最近読んだ
「和菓子のアン」(坂木司)が印象に残りました。
デパ地下の和菓子店で働く女の子が、
個性豊かな店長や同僚に囲まれながら、
和菓子の奥深さに触れていく物語です。
更に、お店に来るお客さん達の
ちょっとした言動に隠された「謎」をひもといていく、
「人が死なないミステリー」でもあります。
次の展開が気になってページをめくる手が止まらないのに、
読んでいるとどこかほっこりする、
そんな不思議な読書体験でした。

印象的だったのは、和菓子がただのお菓子ではなく、
季節や歴史、人の気持ちまでも映し出す存在として描かれていたことです。
一つ一つに意味があって、背景があって、想いが込められている。
それはどこか、舞台にも似ているなと感じました。
何気ない台詞や仕草にも、その人物の人生や感情が宿っている。
観ている側には一瞬に見えるものでも、
その裏には沢山の積み重ねがある。
そう考えると、今のこの「何もない時間」も、
実は見えない所で何かが積み重なっている時間なのかもしれない、
そんな気がします。

舞台には「開演前」という時間があります。
客席がざわめき、照明が少しずつ落ちていき、
やがて暗転して物語が始まる。
特に、客入れ(開演前)のBGMが止み、
暗転してオープニング曲が入る時、胸がワクワクします。
あの瞬間は、まだ何も起きていないようでいて、
実はすでに空気は出来上がっていて、
観る側の心も、演じる側の心も、静かに準備を始めています。
もしかすると、今のこの時間も同じなのかもしれません。
舞台にはまだ立っていないけれど、
既に自分の中では、次の舞台に向けて何かが動き始めている。
日常の中で見た景色や、ふと感じた感情。
人との何気ない会話や、心に引っかかった言葉。
そして、物語に触れて心が動いた時間も。
そうした一つ一つが、知らないうちに積み重なって、
やがて役や表現の一部になっていくのだと思います。

稽古が始まってから役作りをしているつもりでも、
本当はもっと前から、気づかないところで、
もう始まっているのかもしれません。
だからこそ、この「何もない時間」も、
決して空白ではなく、ちゃんと意味のある時間で、
むしろ今だからこそ、ゆっくりと感情を受け取り、
自分の中に蓄えていけるのかもしれません。

とはいえ本音を言えば、やっぱり少しそわそわしています。
早く台本を手に取りたい。
早く稽古場に行きたい。
早くあの空気の中に戻りたい。
でもきっと、この時間も含めて、ひとつの舞台。
まだ幕は上がっていないけれど、「開演前」は、もう始まっている。
そう思いながら、来たる稽古初日に向けて、
静かに準備を続けていきたいと思います。


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