Page15–「綾部公演成功までの軌跡・・・その3」
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団長の独り言 2025.09.05-③
「綾部公演成功までの軌跡・・・その3」
9月6日(土)綾部入りして2日目。
午前7時、妻の美鶴さんと共に朝食を済ませ、
待ち合わせ場所のホテル1階ロビーに行けば、
すでに何名かのメンバー達が来ている。
「おはようございます」
「朝ご飯、食べた?」
「よく眠れた?」
と本当に他愛もない会話を
交わすだけでも楽しい。
天気は晴れ。
東京とは違う素敵な空を眺めながら、
「綾部に来たんだなぁ~」って実感する。
8時30分、
「演劇まちづくりの会」の方が
マイカーでお迎えに来て下さったので、
我々ホテル宿泊組10名は
2台の車に分乗し、
中丹文化会館までの約10分間のドライブ。
グンゼスクエア、由良川を通り抜け、
小高い山を登ると
巨大な中丹文化会館がど~んと現れる。
「本当にここでやるんだ!」
と武者震い。
大きく深呼吸をすると、
他の宿に泊まっていた
メンバー達を乗せた車が、
次から次へと劇場の車寄せに
滑り込んできたので、
車から降りてくるメンバーに
笑顔で挨拶。
まずは車寄せに全員集合し、
挨拶を交わし、
玄関から楽屋へと移動するのだが、
玄関には
「ふたりのゆめ綾部公演」
のポスターと並んで、
元プリンセスプリンセスの
「岸谷香」さんのポスターが。
岸谷香さんは、
90年代に一世を風靡したロックグループ
「プリンセスプリンス」のメインボーカル
奥居香さんの事で、
「ダイヤモンド」や「M」等の曲は有名だった。
そんな偉大なミュージシャンと並んで
劇団ふぁんハウスのポスターが
貼られているのはなんとも誇らしい。
その後、
楽屋入りしてからは、「場当たり」に備えて、
各スタッフさんは準備に入る。
(場当たり・・・照明、音響、舞台転換、
役者の立ち位置の確認等々、
行うとても神経を使う作業のこと)
昨日はバタバタと
照明、音響、大道具の仕込みを終え、
追われるように劇場をあとにしたので、
スタッフさん達の調整時間が必要なのだ。
ちなみにこの日のスケジュールは、
場当たりとゲネプロのみ。
いつもの公演ならば、
劇場入りした日に仕込み、場当たりを行い、
劇場入り2日目は、
場当たりの続きとゲネプロ、
そして本番という流れなのだが、
劇場入りとなる本日2日目は、
朝一番で場当たりを開始して、
17時からゲネプロ、
そしてそのゲネプロが終了してから、
本舞台で実際に演じてみた際の
気になる点、確認する点などの
「抜き稽古」を行う予定。
普段の本公演の場合、
ゲネプロが終われば、
約1時間後には本番というのが、
いつものふぁんハウスなだけに、
場当たりとゲネプロだけの日が
あるというのは大変ありがたい。
さて、この日は13時から、
「演劇まちづくりの会」主催、第4回目の
ワークショップが劇場内で開催される。
これまでは、
「演劇ワークショップ」
「声優・朗読ワークショップ」
「舞台制作ワークショップ」
を開催してきて、
私はどのワークョップも
講師として参加してきたのだが、
今日のワークショップは、
「リハーサル・ワークショップ」というもの。
内容は、綾部市の花形文化劇場・代表の
塩見聡之さんがアドバイザーとなり、
参加者の皆様は、まずは舞台に上がり、
大道具や小道具がどんなものなのかを見学。
次に音響さん、照明さんのブースにもお邪魔をして、
実際に使う機器を前にスタッフさんが
どんな仕事をしているのか等の説明を受け、
我々がいる楽屋も見学していただき、
最後に客席に座って。
「場当たり」の様子をご覧いただくというもの。
非常に盛り沢山で、
普段はまず見られないであろう、
まさに舞台創りの
「裏側すべて」を見ることができる
ワークショップとなった。
その場当たりだが、午後からは、
「見学者の方」がいる中での
場当たりとなるので、
かっこいいものをお見せしようと、
やや気取った感じでやっていたら、
舞台転換でミスが・・・
一生懸命やってのミスならば
仕方ないけれど、うっかりミス。
実は午前中もこの2人による
うっかりミスがあり、「集中して」と注意した
にも関わらず、またしてもだったので、
「本番中の転換ミス」
の怖さを知っている私としては、
2人には緊張感を持って
場当たりに挑んでもらうためも、
「何やっとんじゃ!」的な注意をする。
私の中では見学者の方がいるので、
相当抑えてはいたが、
見学者の方からしてみたら、ビクッ!と
なるような場面だったかもしれない。
その後の場当たりはサクサク進んでいき、
ワークショップの参加者の皆様が帰られた後も、
いつもどおりの場当たりが続き、
場面は後半の
クライマックス付近まで来たときのこと。
イクシー(生島唯斗)演じる司会者
「売田事内容(うれたことないよう)」が
舞台袖より手を振りながら、
「どーも、どーも」と言って
舞台の上手中央あたりまで
真っすぐ歩いて登場するシーンでのこと。
全盲のイクシーは、「真っすぐ歩く」
というのが上手くいかず、
「歩く」という事のみ、何度も繰り返すが、
彼はどうしても進行方向の右側より(舞台奥)へと
行こうとしてしまう。
稽古場ではちゃんと真っすぐ歩けていたのだが、
本舞台となると、
「舞台前へ行くと落ちる」
という恐怖心を払しょくすることが出来ず、
どうしても
舞台の奥側へと身体が向かってしまう。
そこで、イクシーに
「進行方向左側(舞台前)に歩くことを
意識して歩いてみて!
と言えば、
かろうじて左よりに歩けるイクシーだが、
ただこれも実は危険。
進行方向の左側というのは、
舞台の前方へと向かって歩くという事。
舞台前まではかなり余裕はあるけれど、
本番というのは、何が起こるかわかない。
自分の左、左を意識して歩いているうちに、
自分がどう歩いているのか?感覚的に
分からなくなり、舞台から落ちるやもしれない。
照明さんも、舞台監督さんも、
「板付きのほうが安全」
と私に間接的に言ってくれる。
(板付き・・・
舞台転換で舞台が暗いうちに、
決められた位置にスタンバイして、
明かりが入ると芝居を始めるという
舞台用語)
確かにこのシーン、
前回の板橋公演や初演の麻布公演の際、
司会者『売田事内臓(うれたことないぞう)』は
板付きだったけれど、
今回の司会者『売田事内容』は、
手を振りながら登場したほうが大劇場っぽいし、
イクシーもそういう登場に挑戦したい!
との希望もあったので、
稽古中、ずっと「手を振りながら登場」でやってきた。
目の見えない人は、
白杖なしで真っすぐ歩くというのは難しく、
これまで劇団ふぁんハウスに所属した
目の見えないメンバー達も、
「見える人」を演じる際、
真っすぐ歩く練習を何度も行っている。
イクシーも最初は出来なかったのだが、
共演者の協力と本人の努力の結果、
稽古場では
真っすぐ歩けるようになったのだが、
当たり前だけど、稽古場と劇場は
感覚も雰囲気も距離感もすべて違う。
それらを想定して、稽古場では
幾度となくダメを出したけれど、
いざ劇場入りしたら、
稽古場では感じることのできなかった
「舞台から落ちる恐怖」というものが、
イクシーに立ちはだかってしまったのだ。
恐怖心で、どうしても
進行方向右側(舞台奥)へと
無意識に歩いてしまうイクシー。
ただ今度は、進行方向右側にどんどん進むと、
そこには、かなり近い距離で
紗幕という網状の幕がドーンと下りている。
つまりイクシーが右へ右へと歩けば、
今度は紗幕に身体が触れてしまう。
紗幕に身体が触れると
演出的に芝居が壊れるばかりか、
紗幕を破ってしまう可能性もある。
つまりイクシーには、左に歩けば
舞台に落ちるリスクがあるし、
右へ右へと歩いてしまうと、
紗幕にぶつかってしまう。
だから何が何でも
真っすぐ歩いてもらうしかない。
そこで、
イクシー演じる「売田事内容」の登場シーンを、
何度も何度も繰り返すが、
どうしてもまっすぐ歩くことが出来きず、
その彼の動きの練習をしている間、
場当たりが完全にストップした
状態となってしまった。
危険なことは避けたほうがいいという
プロのスタッフさん達の空気と
この動きにばかり時間を費やすと、
他の場当たりが出来なくなる・・・という現状。
私が「イクシーは板付きで!」と言えば、
全ての問題はクリアーになり、
そのあとの他のシーンでの場当たりも
細かくできる。
だから、それが一番いい選択ではあるのは、
私もよーく分かっている。
ただ、これまで彼は稽古場では、
「どーも、どーも」と言いながら登場する
場面の練習を何度も繰り返してきたし、
共演者達も全力で協力してきた。
出来ることならば、稽古通り「どーも、どーも」
と言って歩きながら登場するという事に
してあげたい。
そんなことを考えながら、
イクシーの表情を見れば、
なんとも、やるせない表情をしている。
そこで私はイクシーに歩み寄り、
「イクシーはどうしたい?」と聞いてみた。
すると彼は「歩いて登場したいです」
と申し訳なさそうに答える。
「できる?」
「はい!やります」
「やれるな!」
「はい、やります!」
「よし!わかった!」
私は大声でスタッフさん達に告げる。
「ここは、歩いての登場でいきまーす!」
賭けである。
こんな賭けは、普通はまずやらない。
だって、イクシーが右に寄って紗幕にぶつかっても、
左、左へと歩いていって、舞台から落ちそうになっても、
芝居は壊れてしまう。
それでも、私は彼の「やる気」を信じることにした。
一呼吸おいて、
気持ちを入れた「売田事内容」が
歩きながら登場すると、
「どうしても歩きたい!」
という彼の意気込みが
恐怖心を払拭させたのか?
真っすぐ歩くことが、何度も出来た。
しかしこれで「大丈夫」という事は絶対にない。
本番では700名近いお客様が
イクシーの登場を見ているので、
ついサービス精神で舞い上がってしまい、
自分が真っすぐ歩いているつもりでも、
実は右か左に寄って歩く可能性はおおいにある。
だから、私はイクシーに伝えた。
「このあと行うゲネ(ゲネプロ・・・リハーサル)で、
少しでも斜めに歩いてしまったら、このシーンは
板付きにするから」
普段は口数の多いイクシーが無言でうなづく。
その後はサクサクと場当たりは進み、
約1時間後、予定どおりゲネプロを行う運びとなる。
ゲネプロというのは、
何もかも本番と全く同じ状態で行うわけで、
役者達もこれまで稽古場で行った
通し稽古以上に気合も入るし、
めちゃくちゃ緊張する。
しかし、ゲネプロ開始30分前だというのに、
化粧前に座るイクシーは意外と余裕で、
メイクをする気配もなく、隣に座るカブちゃんと
どうでもいいようなおしゃべりを笑顔でしている。
私は「はぁ?」と思った。
彼が真っすぐ歩くことが出来なければ、
紗幕を破るか?舞台から落ちるという
可能性だってある。
もちろん、彼が落ちる前に
スタッフが飛び出すような
打ち合わせも十分行っていて
各スタッフが袖にスタンバイはするけれど、
そんなことになると、舞台から落ちずとも
芝居はぶち壊れてしまうし、
なにより、「ゲネプロ」で
まっすぐ歩くことが出来なければ、
板付きの登場になると言ったはず。
彼は場当たりで「出来た」から
すっかり自信がついたのだろうか?
しかし、その油断は危険!
「イクシー!メイクもしないで
笑ってくだらない話をしている場合じゃないだろう!
いま、何時だと思っているんや!」
「早く準備を終わらせて、1秒でも無駄にせずに
舞台を使って歩く練習をすべきじゃないのか?」
彼は「はっ!」となり、顔が引き締まる。
ようやくドウランを手にし始めたイクシー。
その後、メイクの仕上げを手伝い、
衣裳を着たイクシーは、
手の空いたメンバーとともに舞台上に向かい、
ゲネプロが始まるギリギリまで
舞台稽古を繰り返した。
気持ちが引き締まったイクシーは、
ゲネプロでも真っすぐ歩き、
堂々と「売田事内容」を演じた。
他のメンバーも大きなミスもなく、
いい感じでのゲネプロとなり、
21時30分、スケジュール通りすべて終了。
玄関前には、夜分遅い時間だというのに、
我々を宿舎まで送ってくださる
「演劇まちづくりの会」の皆様の車がズラリ。
昼間は酷暑だったようだけど、
夜の中丹文化会館は、今日も
鈴虫の声、コオロギの声が聞こえ、
秋の気配を感じる風が、
星空きらめく中、ゆったりと吹いている中、
この日も、24時まで営業している
「フレッシュバザール」に寄っていただき、
劇団メンバー20名御一行様は、
夜食やらお菓子やらビール数本やら、
なかには「綾小町」という
地元の日本酒やらを買い込み、
明日の本番を待つのでありました。


