「一流の役者は一流の詐欺師」  竹本和弘

一流の役者は一流の詐欺師である、とよく言われます。
その所以はどこにあるのでしょうか。
舞台は虚構の空間であり、現実のものではありません。
しかし、一流の役者はその虚構の空間を現実の空間に変えてしまいます。

ではその虚構の空間を
いかにして観客に現実の空間であると錯覚させるのか。
それは演者の喜怒哀楽が本物であることなのです。
とは言っても役者本人の感情ではなく
演じる役の人物の本物の喜怒哀楽でなくてはなりません。

ここが非常に難しく苦労するところなのです。
特に私のような三流以下のへぼ役者にとって。
"台詞の言い回しを変えてみる"、"声のトーンを変えてみる"、等、
小手先の技では虚構の空間を現実の空間に変えることはできません。
役の人物の過去から現在までの人生、
生きざま、思考、揺れ動く感情、
これらすべてを本物として
役者の身体を使って表現する。
つまり役の人物として生きるということです。

私にも経験があるのですが
これがたまたまうまくいくということもあります。
しかし、それはたまたまであって
その都度うまくいくことはありません。
うまくいったものを辿ろうとすると
これまた失敗します。

ところが一流の役者はその都度それをやってのけます。
またその都度違った本物を観客に見せることができます。
一流の役者にかかると、観客はそれが虚構の空間であると知りながらも、
現実のごとく感じてしまいます。
つまり、観客はまんまと騙されるのです。
しかも、観客は騙されるために劇場に足を運び、
騙されることに対して入場料金を支払っていると言えます。
その観客を騙すことが役者の仕事であり、
観客をいかに騙すことができるかが役者の技量なのです。


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